実験系研究者にとって、産休・育休は研究活動が大きく制限される時期です。
「育休中に論文を書く」「申請書を仕上げる」といった話も聞きますが、
実際には、妊娠中・産後の心身状態、育児スケジュール、実験系特有の制約から、
まとまった思考力や作業時間を確保することは非常に困難です。
また、実験系の研究者にとって、長期の育休取得はまだ一般的ではなく、
周囲にロールモデルがいないことも多いと思います。
そのため不安を抱えながら育休に入る方も少なくありません。
本記事では、その不安を少しでも軽くするため、実験系ラボで産休・育休を経験した立場から、
- 育休前にしておくべき研究の棚卸し
- 育休中にできること、できないこと
- 学生指導や研究室運営の工夫
- 復帰後の研究の再開ステップ
などの育休前後の研究設計の具体的な方法をまとめました。
育休前:研究のリスクを最小化する準備
育休期間をスムーズに迎え、復帰後の混乱を防ぐには、育休前の以下の情報整理が必須です。
研究テーマをカテゴリに分ける
研究テーマは、育休中の推進可能性に応じて以下の3つに分類します。
(“育休中にテーマが進むのはゼロに等しい”という前提で設計することが重要です)

| 分類 | 定義 | 復帰後の対応 |
| 完全停止テーマ | 装置・操作が必須で、他者に委譲ができないテーマ。 | 復帰直後に小規模な再現実験から再スタート。 |
| 部分的継続テーマ | 手順が安定し、学生・共同研究者に任せられるテーマ。 | 進捗確認は月1回程度に限定し、指示依存を最小化。 |
| 復帰後に再開テーマ | 解析・文献読み直しなど、まとまった作業が必要なテーマ。 | 育休中に最低限の準備を進め、復帰後に集中して着手。 |
この分類をすると、引き継ぎの優先度が明確になります。
実験の引き継ぎと文書化(学生・共同研究者向け)
育休中の指示依存を減らすためには、徹底した文書化が不可欠です。
- 実験の目的・背景
- 必要な手順・条件(マニュアル化)
- 試薬、細胞株などのストックの管理場所
- 想定される結果と、逸脱した場合の対処法
- データ保存場所・フォーマット

これらを1つのドキュメントにまとめ、同僚教員にも共有しておくと安心です。
研究室運営・ルーチンワークの引き継ぎ
ラボ機能が止まらないよう、下記を明確にしておきます。
- 細胞培養や機器メンテナンスの担当(誰に依頼するか)
- 購入業務、試薬補充などの依頼ルート
- 共同利用機器の予約・管理の代行者
- 定例会議の進行役(引き継ぎ先)
育休は「本人不在時に研究室が回る仕組み」を整えるチャンスでもあります。
研究費・科研費の確認は必須
育休中にトラブルが起きやすいのが研究費関係です。
- 執行期限
- 執行者の代行設定
- 育休中に必要な消耗品の事前購入
- 科研費の研究期間延長手続き(大学事務との早めの相談が重要)
特に科研費は制度変更が多いため、事前に手続きを確認しておくことを強く推奨します。
👇🏻2025年の基金分科研費の制度確認ついてはこちら
→科研費は産休・育休でどうなる?基金分ポイントの扱いをわかりやすく解説【2025年版】
育休中:「最低限の関与」に留める戦略
「育休中は論文を書くべき」という情報を見ることがありますが、実験系研究者の場合は現実的ではありません。
- 断続的な育児でまとまった集中時間が取れない
- 産後の回復には個人差が大きい
- 高度な思考を必要とする作業は質が低下しがち
無理に進めず、復帰後の効率を上げるため“進めない決断”がむしろ合理的です。
育休中にできないこと(実験系の場合)
- 実験操作(安全性・時間確保が困難)
- 重い解析、統計処理
- 長時間コンピュータを占有する作業
- 共同研究の主導
- 申請書の本格的な執筆
どれも「まとまった思考力」を必要とするため、品質が落ちやすいです。

育休中でも“最低限できること”
これはあくまでも「プライベートな相談対応」という範囲で行います。
- 学生の方向性確認(メールで簡単に)
- 実験方針の軽いレビュー
- 文献タイトルのチェック(本文まで読まない)
- 自分の研究計画の整理(軽いタスクのみ)
深く関わらない仕組みを作ることで、双方の負担が減ります。
論文執筆・申請書についての現実
急ぎの案件でなければ、復帰後に頭がクリアな状態で仕上げたほうが圧倒的に効率的です。
ただし、科研費などの締切が育休期間と重なる場合は、
- 産前にできるだけ仕上げておく
- 育休中は最終確認だけに留める
というスタイルが最も現実的です。
学生・若手研究者のフォローと線引き
育休中は「連絡しづらい」と学生が感じがちです。
双方が安心できるルールを事前に作っておくことが重要です。

学生向けの事前準備
- 実験手順をマニュアル化
- 「こうなったら相談」という判断基準を明確化
- 定例ミーティングの代行者を指定
- データ保存のフォーマットを統一化
これにより、育休中の「細かい相談」が激減します。
育休中の連絡ルール
- メール返信は“即答しない”
- 緊急時は同僚教員へ連絡してもらう
- 月1回の進捗報告を必須にする
- 判断が難しい内容は復帰後へ回す
この線引きが、双方にとって最も安心です。
【体験談】卒論期の対応
私の場合、育休中に学生から突然
「うまくいっていませんが、データがほとんどありません」
という連絡がありました。
連絡をためらっていたのだと思いますが、定点報告の仕組みが重要だと痛感しました。
また、卒論の執筆指導はどうしても外注できず、子どものお昼寝中に対応したこともあります。
これは「相談に乗る」という形でしたが、
産後すぐの時期だったら対応できなかったと思います。
復帰後:段階的に研究を再開する3ヶ月プラン

復帰後すぐに元のペースに戻すのは現実的ではありません。
少なくとも3ヶ月は段階的な復帰を前提にすると、気持ちが楽になります。
復帰1ヶ月目:復旧フェーズ
- メール整理
- データの再チェック
- 学生テーマの再評価
- 文献読み直し(感覚のリハビリ)
復帰2ヶ月目:技術のリハビリ
- 小規模な再現実験で手技を思い出す
- 装置予約・安全講習などの再手続き
- 家事・育児のアウトソーシングの最終見直し
復帰3ヶ月目:執筆・申請書の本格再開
最も頭がクリアになってくる時期です。
- 論文執筆
- 科研費など大型申請
- 新規テーマの立ち上げ
ここから徐々に研究のギアを上げていきます。
結論:実験系の育休は「止める設計」が合理的
育休はキャリアの中の一時期にすぎません。
研究を完全に進められなくても、それは“自然なこと”です。
大切なのは、
- 育休前に徹底的に棚卸しをする
- 引き継げる部分を最大限仕組みにする
- 育休中は最小限の関与で十分
- 復帰後は段階的にペースを上げる
- 無理に論文や申請書を進めない
という「止める設計」を戦略的に行うことです。
この設計が、研究者としての長期的なパフォーマンスを守る最も現実的で賢い方法だと感じています。


